「真実の物語」

「スマスリク」という言葉をご存知ですか?ごん存じなら、私がびっくりします。自分で作った言葉だからです。「スマスリク」というのは、逆から書いた「クリスマス」です。それは先週お祭りした「昇天日」の意味です。すなわち、昇天日はクリスマスの逆です。簡単に説明すれば、クリスマスで、主イエスの生まれた日なので、神が天国から降って人間になったことで、昇天日はその反対に、人間になった神はまた天国に昇ったことです。

立教大学の皆様、初めまして。新しい大学のチャプレンで、英国国教会から参りましたプラント・トーマスと申します。もうちょっと後で、昇天日の話に戻りますが、良ければ、最初に、少し自己紹介させていただきます。イギリスのウスターソースの名物の元であるウスター市で生まれて、基本的に無宗教の家族で育てられました。小さい時、ただ宗教にあまり興味がありませんでしたが、中学生の時から本当に宗教に、特にキリスト教に、反対にまりました。大学で、神学ではなくて、ラテン語とギリシャ語の言葉と文法を勉強しました。合気道をやっていたから、日本にすごく行きたかったので、卒業してから、文部省のJET Programのお陰で、2003年に日本に来て、高知市の高知商業高校で英語の副教師と働きました。

その無宗教のイギリス人はどうやって神を信じるようになって、聖公会に洗礼と按手されて、結局、日本聖公会で勤めるようになったでしょうか?その話は長すぎると思いますが、要するに、日本に住んでいた時、日本人の信仰に感動されました。どの信仰ですか?日本人はよく「日本は無宗教な国」だと言いますが、いつも神社やお寺に行った時、お祈りしている人々がいました。神社に行く時、いつも沢山絵馬が掛かられています。それと、神社は街の中でも、山の上でも、どこでもあります。イギリスと比べると、神秘的なところが多いので、この国は本当に「無宗教」と言えるか、と考えていました。それと、こんな沢山の日本人の方々は、他の国の人の大部分と共に、この世を超越する何かを信じるのは、本当に皆間違えってると言えますか?美しくて、平安な雰囲気があるお寺、神社などで、多分宗教がある程度に価値があるかな、と考えるようになってきました。

イギリスに帰国して、英国国教会のエクセター大聖堂学校でラテン語の教師になりました。そこで、聖歌隊の子供達を儀式の時に面倒見る役目がありました。夕の祈りやミサに行って、日本にいた時の仏教と神道の経験を思い出して、新しい立場でキリスト教を見るようになりました。キリスト教の教えをもっと真面目に勉強して、洗礼を受けると決めました。

でも、なぜキリスト教?仏教と神道を心から尊敬します。実は、親鸞聖人とヂィオニシアスの考えの比較は私の博士論文の題になりました。しかし、私にとって、キリスト教の信仰を信じることはただ「ごにいれば、ごに従う」のことではないと思います。むしろ、「真実の物語」のことだと思います。

「真実の物語」の表現は私が作ったのではありません。多分C.S.ルイスのことをご存知でしょう。オクスフォード大学の教授と作家で、人気な「ナルニア国物語」という子供の小説を書きました。ナルニア国物語がキリスト教から深い影響されてたが、若い時、ルイスは神の存在を全然信じませんでした。しかし、オクスフォードで、他の有名な教授の仲間になりました。その教授は、指輪物語の作家J.R.R.トーキンでした。キリスト教についての話がよくありました。ルイスは無宗教でした、トーキンはカトリック信徒。両方は昔の物語に興味がありました。トーキンによりて、聖書の語りも物語だと言いましたが、キリストは歴史に存在した人間だったので、キリスト信仰を「真実の物語」と呼びした。キリストの「真実の物語」を信じられるようになれば、その他の宗教、伝統、文化の物語の真実も分かるようになると言いました。トーキンのお陰で、ルイスは聖公会の信徒になって、続いて、たくさん大事な神学的な作と小説を書きました。ルイスとトーキンは両方、新しい物語を作ったが、その昔の「真実の物語」に基づきました。

昇天日の件にもどりましょう。要するに、クリスマスと昇天日はキリスト信仰の「物語」です。聖アタナシオスは下記の通りに説明しましました:「神が人間になった目的は、人間が神になれるようになる為だ」。というのは、クリスマスから、神様は私たちの人間さ、すなわち人間の体、人間の苦しみ、人間の喜びを経験し始めました。昇天日に、主イエスは私たちの人間さを全てのものの源である父に戻しました。

「人は何者か、なぜ、これ御心を止められるのか|なぜ、人の子を顧みられるのか?」それは、第8詩篇の質問です。キリスト教信仰からの答えは、神様がこの世に降って昇ったから、この世の全てのものが価値があると知っています。すなわち、逆からの「クリスマス」である昇天日の真実の物語を考えれば、できるだけに神の立場からこの世の価値を悟って、大事にし始まれると思います。